Conversation 04

Guest俺|メシア

Profile

1777年ヴェネツィア生まれ。わずか4歳のときに執筆した『鏡の中の初恋相手』が話題となり、メシア界最大の文学賞「ラヴ・レターズ」最高賞を史上最年少で獲得。「恋愛でもミステリーでも、ノンフィクションでもない。これは“俺”というジャンルにしか属さないマスターピース」と審査委員長に言わしめたことは伝説となっている。現在も精力的に執筆活動を続けており、手掛けた作品はいずれも全宇宙の教材として使われている。執筆における信念は「ただただ、君を想って書く」。
※但し、この経歴には諸説ある。

「俺」が教える
愛を与えるためのいくつかの方法

対談第4回目は、2016年4 月にメシアとしてTwitterに現れ、瞬く間に31万フォロワー(2017年2月現在)を集めた「俺」。「3人寄れば俺の取り合い」「泣き面にkiss」など、独自のナルシストキャラが支持を得ている。ギスギスしたインターネットの中、他人も自分も無償の愛で包み込む俺さんに、愛を与えるための方法を聞いた。

  1. 1.なぞ多き「俺」に迫る
  2. 2.炎上しないために必要なことは?
  3. 3.信者とファンの違いとは?
  4. 4.お金稼ぎとメシアのバランス?
  5. 5.俺さん、「愛」ってなんですか?

◇なぞ多き「俺」に迫る

ぼくりり

“パソコンを見ている間だけ使われる人格だった「ぼくりり」が、今や主体になってしまっています”

“小学生のときからテスト用紙の名前の欄には「俺」って書いていたよ。それだけで先生は5点くれた”

ぼくりり:じつは俺さんの大ファンで、かなり初期の頃からフォローしていました。

:ありがとう。かなり古参のHONEYS(俺のファン)だよね。はじめてフォローされたとき、偽物かと思った。君は何がきっかけで俺を知ったの?

ぼくりりこのツイートです。「面白い」を超えてめっちゃカッコいいなあと思いました。インターネットは基本的に悪口というか、ネガティヴな言論が多いと思うんですが、俺さんはメシアとして全員に対する無償の愛を示しながら、誰も否定しないスタンスを取っていますよね。今日の対談では「愛」をテーマにお話を聞けたらと思っています。

まずは、謎の多い「俺」さんについて知りたいです。どういうきっかけで俺さんは誕生したんですか。

:HONEYSの気休めになればいいと思って。君もさっき言っていたけれど、インターネットには悪意が飛び交うことが多い。だから少しでも多くの人に笑ってほしいし、ハっとしてほしいし、前を向いてほしい。せめて俺のツイートを見かけたときくらい、そんな気分になってくれたらいいなと思ってね。

ぼくりり:俺さんのプロフィールはどうなっているんですか?

:1777年7月7日、ヴェネツィア生まれだよ。

ぼくりり:「俺」というキャラはどんな自意識で動かしているんですか?

:できるだけ多くの人に届けたいと思っているから、俯瞰で見ている部分はあるね。それはつまり、特定の誰かに対してというよりも、人間の普遍的なことや、多くの人に理解できることを発信しようとしているという意味で。同時に、それを俺がどんなふうに伝えていけばいいかを考えている。とくに言葉遣いや写真の映り方には気をつけているかな。

ぼくりり:なんとなく、小説とかを書いている感じに近いんでしょうか。

:近いかもしれない。今はそこそこ顔が知れるようになったから、外を歩くときも俺らしくあろうと思うようにはなったよ。そういう意味では人生は変わったかな。そういえば渋谷で女子高生に追われて写真をねだられることもあったね。ちょうど君の初ワンマンの日、ライブ会場を出たら声をかけられたよ。

ぼくりり:「俺」が生活を支配しているんですか? もうジャージでは外に出れない?

:そうだね。

ぼくりり:「ぼくのりりっくのぼうよみ」は本名ではなくて、田中っていう名前なんですが(嘘)、もともとのインターネット上の人格だった「ぼくりり」が田中(嘘)のぼくを侵食しています。パソコンを見ている間だけ使われる人格だった「ぼくりり」が、今や主体になってしまっています。もう「田中(嘘)です」と自己紹介することに違和感があるし、役所とかで本名を使用するときくらいしか田中(嘘)の意識がありません。

ところで、俺さんが「俺」という名前をつけたのはなぜですか?

:溢れ出る個性を名前で表現するとき、「俺」が最適だと思ったんだ。これは今に始まったことではなくて、小学生のときからテスト用紙の名前の欄には「俺」って書いていたよ。それだけで先生は5点くれた。

ぼくりり:じゃあ 、けっこう前から俺さんは「俺」だったんですね。

◇炎上しないために必要なのは?

ぼくりり

“ぼくは、あまり炎上は怖くないんですよ。リアルに被害が及べば別ですけど、炎上=自分が傷つくわけではない”

“俺をもってしても、そういうことがあるんだから、万人に好かれることは絶対にありえないんだと思うよ”

:俺のツイートには3つのルールがあるんだ。「誰も否定しない」「政治の話をしない」「宗教の話をしない」というルールがね。

ぼくりり:それはなぜですか?

:繰り返しになるけど、俺のツイートは気休めだから。変な騒ぎを起こすことは、できれば避けたい。とくに政治や宗教に関しては、いろんな考えを、いろんな人が、それぞれ強く信じているでしょう。俺が「ある意見」を言ってしまうと、「ある意見反対派」の人たちを否定することになってしまうから。すこし余談だけれど「9対1は、どちらも間違いじゃない」っていう言葉が好きで、これは俺の根本的な価値観を支えてるうちのひとつかもしれないね。

ぼくりり:ぼくは、あまり炎上は怖くないんですよ。リアルに被害が及べば別ですけど、炎上=自分が傷つくわけではない。Twitterを閉じればわからないですし、通知の欄もフォローしている人だけにすると穏やかです。

物議をかもすのはいいことだと思っていて。プラスのことや、正しいことしか言ってないと共有されにくいですよね。当たり前だから。完璧なツイートよりもちょっと突っ込みたくなるようなツイートをすることで、逆に拡散される。「完成されていない」ってコミュニケーションだと思うんです。そういう意味で俺さんのツイートは「ナルシストすぎるでしょ」と突っ込みを入れる余地がありますよね。

ちなみに、エゴサーチはすごくします。昨日テレビに出てたんですが、その後のサーチではいろんな意見を目にしました。俺さんはエゴサしますか?

:「荒野に咲く一輪の俺」で検索したことあるけど、引っかからなくてそれ以降はエゴサーチしてないね。そもそも俺は、エゴサーチできない名前だから。君にどういうことをみんなが言ってたのか、ぜひとも聞いてみたいね。

ぼくりり:ありがたいことに、基本的には好意的なものばかりでとてもうれしいのですが、たまに「単純に顔が嫌い」とかあります。10人いて10人が好きな顔ってないから仕方ないですよね。それよりも、スタッフから「これはちょっと……、まずいよね……」と暗に痩せるよう圧力をかけられたほうが傷ついています(笑)。知らない人にデブとか不細工って言われても、そんなに傷つかないんですよ。

:どのツイートにも「好きです」と言い続ける熱烈なHONEYSもいるし、「キモイ」「死ね」と書いてくる人もいるよね。俺をもってしても、そういうことがあるんだから、万人に好かれることは絶対にありえないんだと思うよ。

ぼくりり:俺さんは傷つきますか?

:傷ついてないと言ったらウソになるけど、そんなに気にしてはいないね。どういうところが気に障って、こんなこと言わせてしまったんだろうなとは思うけど。幸い批判よりも好意的な反応が多いから、それが俺の支えになっている。おこがましいけど、優しい世界になればいいよね。

ぼくりり:俺さんのツイートは見ていて優しい気持ちになれますよね。

:コアなHONYESからは「本当に救われました」とか「救いのメッセージをください」と直接言われることもあるね。うれしくてスクリーンショットを撮ってる。

ぼくりり:返すんですか?

:特定の人に返信はしないよ。不公平だから。

ぼくりり:やっぱり俺さんから伝わるのは、自分も他人も自虐しない完全肯定の精神なんですよ。ネタなんだけどそれに救われている人はけっこういると思いますよ。

:インターネットにすごく詳しいわけじゃないけど、他者を皮肉っぽく言うわけでもなければ、お役立ち情報でも、自虐でもない。俺は少し特殊なところにいるかもしれないね。

◇信者とファンの違いとは?

ぼくりり

“デビュー以降は仕事だと思ってTwitterを使っています”

“ファンってアルバムを聴いて「3曲目はいいけど、5曲目は好きじゃないな」とか、正直に言う人のことだと思っていて”

ぼくりり:人気者になりたい、目立ちたいみたいな気持ちはないんですか?

:それはないね。できるだけ多くの人に届けたいからって気持ちはあったけど、人気者とはちょっと違う。

ぼくりり:ぼくもデビューする前、マネタイズやブランディングを意識していないときは、どう見えるかはそんなに考えてませんでした。でもデビュー以降は仕事だと思ってTwitterを使っています。

:意外だな。ありのままの君だと思ってた。

ぼくりり:「ありのまま」にもいろいろありますよね。たとえば、ぼくは「おなかへった」とよくツイートします。それは本当なんですが、普段いろんなことを感じている中で、それらを取捨選択して「おなかへった」を発信しています。

:ちなみにファンと信者の境界って感じることはある? 信者って君が「おはよう」って言ってもリツイートするでしょう。「おはよう」なんて何の情報もないじゃない。でも、ファンってアルバムを聴いて「3曲目はいいけど、5曲目は好きじゃないな」とか、正直に言う人のことだと思っていて。

ぼくりり:それは面白い命題ですね。今やっているこのメディアも、情報の受け取り方が全肯定か全否定しかなくなっているという問題意識が根底にあります。たとえば、ぼくの言うことひとつひとつを、絶対だと思って信じてしまう、ぼくが何を言っても受け入れる。それって信者というより、ゾンビに近いと思っています。そういう存在に対して思うところはありますね。

:その人たちの情報の受け取り方を正していきたいという気持ちはある?

ぼくりり:そういう風に考えてほしいなとは思いつつも、完全に変えるのは無理ですよね。ぼくの主張を鵜呑みにして「咀嚼して考えるぞ!」とひたすら唱えるだけになるのは、矛盾していますから。どちらかというと、自分でいろいろと考えている人を惹きつけたい。信者の人はぼくが何をしていても赦してくれるので、放っておけばいいと思う。たまに喜びそうなことを言えばいいかな。

:しっかりしてるね。

◇お金稼ぎとメシアのバランス?

ぼくりり

“俺さんはLINEスタンプを出していますが、やり方がとても絶妙ですよね。一番安い価格設定になっているのを見て、すごい! と思って”

“生活に支障が出て、住みづらくなったとは思うけれど、このアカウントのおかげでいろんな人と出会えている。まさに今日がそれだよね”

ぼくりり:ちなみに俺さんはメシアのほかにはどういうお仕事をされているんですか?

:いくつかあって、いわゆる「クリエイティヴ」と呼ばれるようなことをしたり、最近では紳士の社交場をテーマにした移動式BARを始めたりしているよ。ファッションが好きで、スタイリストをしていたこともあったね。俺はもともと、金持ちになりたくて。昔からの夢は金持ちになることだった。「金持ち」ってダーティーなイメージもあると思うけど、稼いだお金は共感の総量でしょ?つまり俺がどれだけ人を幸せにしたかを定量的に測れるのがお金。だから俺はもっと人を喜ばせたいと思っているんだ。

ぼくりり:なるほど! 俺さんはTwitterでマネタイズしているんですか?

:最近まではマネタイズしないでいこうと思っていたんだけど、この話をもらって、少し考えなおしたんだよ。君は、自分の音楽を売って暮らしている。そういったプロの人たちと話していくうえで、自分のキャラクターがお金になるのか試してみたいって。幸い「CDデビューしませんか?」「本を出しませんか?」「グッズを出しませんか?」って誘いが多くてね。「2016年はPPAP、2017年は俺です!」なんて言われて、照れちゃったりして。でも、これは俺がやるべきことなのかなと悩んでいる。

ぼくりり:えーーー、それめっちゃアツい!!! なんだったら曲提供したいです! させてください! なんで悩んでるんですか?

:メシア名義で小銭を稼いでるって、とてもアンバランスだと思わない? 「あの星の名前をつける権利を20万円で君にあげる」というのはメシアのビジネスだけど、Tシャツを売るわけにはいかないなあ、と思ってね。LINEスタンプはちょっと別なんだけど。

ぼくりり:たしかに、俺さんはLINEスタンプを出していますが、やり方がとても絶妙ですよね。一番安い価格設定になっているのを見て、すごい! と思って。こっちから見ると、お金は取りたくないけど、仕様上取らないといけないからそうやっているように見える。丁寧な仕事だと思いました。

:幸い、否定的な意見は見られなくて安心したよ。

ぼくりり:このアカウント上でやりたいことはありますか?

:まぁ、続く限りはやっていきたいかな。生活に支障が出て、住みづらくなったとは思うけれど、このアカウントのおかげでいろんな人と出会えている。まさに今日がそれだよね。こういう経験ってなかなかできないでしょ。

ぼくりり:30万人もフォローされている人ってなかなかいませんもんね。

:伝説のGLAYライブでも20万人だからね。ただ、俺も個人の生活があるから、個人情報を特定されたりするのはちょっと怖い。

ぼくりり:「俺さんって、ここ住んでるのかあ。宮殿じゃないんだ」って思われるのは怖いですね。

:家ではホワイトタイガー飼ってるけどね。

◇俺さん、「愛」ってなんですか?

ぼくりり

“「愛」って与えることがメインのポジティヴな感情で、今の時代に足りないのは愛なんじゃないかって思う”

“与えるのが先なのか、「いいね!」がほしいから与えているのか。俺の中でも答えは出ていない。ガンジーみたいな無償の愛ってあり得るのかな”

ぼくりり:SNSはひとつの社会ですからね。その中で、大きな拡散力を持っていることは、ある意味では社会的なパワーと結びつきます。「俺」は一般人ではない、と思うことはありますか?

:オリジナリティという意味で、人とは違くありたいとは思っている。Twitterって、鍵アカウントでフォロワーがゼロの人以外は、「おはよう」「疲れた」とかでも、誰かに何かを見てほしくてつぶやいているんじゃないかな。

「それは独り言ですから」と否定する人もいると思うんだけど、俺はそうじゃないと思っている。本当に独り言だったら「はあ、疲れた」って言えばいいだけ。わざわざアプリを立ち上げて、文字入力してつぶやいているんだから、見てほしいんだよね。その中で「俺」も例に漏れず、誰かに見てほしくて、反応がほしくてツイートしている。ほかの人よりも見てもらうためにどういう言い回しにしようとか、どういう写真を載せたらいいかとか、リアクションをもらうために工夫をしている。その工夫って、結局のところ愛なんだよね。

ぼくりり:俺さんの「愛」の定義ってなんですか。

:上手いこと言う、すごいことを言う、変なことを言うことかな。どちらかというとナルシストって嫌悪感を抱かれるでしょ。それは自分にベクトルが向いているからだと思うんだよね。自分のことしか考えず、読み手へのメリットを置き去りにすると反感を買ってしまう。だから、「お前ってカッコよくないよ」って外から言いたくなる。

俺も自己愛に満ちているけれど、それを上手く言ってみたり、普通ならあり得ないシチュエーションに置き換えて届けている。それが受け手に対する愛だと思う。「恋ダンス」って見てくれた? 初めて動画をのっけたんだけど。

ぼくりり:(俺の「恋ダンス」視聴)ふふふ、最高。

:これって、カッコつけているんだけど、俺なりの愛を込めていて。つまり「踊ってないじゃん」って笑ってくれたら、俺の愛は届いたということになる。俺って正直、誰もが認める美男ではない。そんな俺が上目遣いの自撮りで「はあ……盛れない」なんて言ってたらどう?「俺さん、そんなことないよ!」って言ってほしくてたまらない欲求が出てるでしょ?

ぼくりり:「カッコいいよ」という承認を求めのではなく、俺さんは「笑い」を与えていると。

:それがこのアカウントにおける「愛」なんだ。それにしても、どうしてそんな「愛」について知りたいのかな。

ぼくりり:今、愛って足りてないと思うんですよ。

:それはなぜ?

ぼくりり:今は、人間を動かすのにネガティヴな感情が原動力として使われがちだと感じていて、それは時としていい結果をもたらすかもしれないけれど、そんな感情で満ちた世界は嫌なんです。「愛」って与えることがメインのポジティヴな感情で、今の時代に足りないのは愛なんじゃないかって思う。

:卵が先か、鶏が先かって話だと思うんだけど、結局は俺も「いいね!」って思ってほしいんだよ。だから、与えるのが先なのか、「いいね!」がほしいから与えているのか。俺の中でも答えは出ていない。ガンジーみたいな無償の愛ってあり得るのかな。本当になんの見返りもなくそんなことをしていたのか?

ぼくりり:「見返りを求めない自分」を求めていたのかもしれないですけどね。

:いい指摘だね。

ぼくりり:でも、そうなったら勝ちだなと思っています。誰かを虐げるよりも、「誰かに与え続ける自分」が最終地点にいるというのはすごくいい世界だと思うんです。俺さんもそういうところにあるというか、究極の自己愛から派生して、それを誰かに与えることがメインになっている。

:愛があふれているからね。

ぼくりり:根底に「俺を愛してほしい」と思っていても、与える方向に向いていればいいと思うんです。

:なるほど、いい気づきをありがとう。俺はこれからも、みんなに愛されるメシアになって、愛を届けていきたいな。

Text_Potato Yamamoto