Conversation 10

Guestたなか

Profile

たなか|インターネット・タレント

1998年生まれ。前職はぼくのりりっくのぼうよみで、ラストライブ「葬式」を持ってその生に幕を下ろした。そしてたなかが2019年3月にのそのそと動き出した。ボルダリングをしたり腹筋を割ってボクサーパンツのモデルをしたり、自由に暮らしている。どんな境遇にあっても人は幸福に生きてよいと伝えたがっている。

ぼくのりりっくのぼうよみ(故)とたなかの対談
ぼくのりりっくのぼうよみとはなんだったのか? そこに何が残ったのか、たなかはぼくりりをどう思うのか。

最終回は、ぼくのりりっくのぼうよみが没落し葬式で死を迎えた後に現れた、たなかとの対談。3年間のキャリアを破壊し、没落の末に死んでいったぼくりりのことを、彼はどう捉えているのか。たなかは墓の前で朴訥と語る。その手には花束。ぼくりりはどうして死ななければならなかったのか? 死んでいく最中の感覚はどんなものだったのか。生まれ変わったたなかという存在は一体なんなのか。

  1. 1. ほんとうに没落するとはそういうことだった。
  2. 2. どうしてぼくのりりっくのぼうよみは終わらなければならなかった?
  3. 3. からっぽの城の中へ あなたは敗北した。
  4. 4. あなたは呪いを見つめた。いくつかの呪いを見つけた。
  5. 5. こうしてぼくのりりっくのぼうよみの没落がはじまった。
  6. 6. 「説教ババア」のツイートで、“イルミの針”が抜けた。
  7. 7. 祈りを持たない者ども
  8. 8. “没落”と“人間”
  9. 9. 葬式という、あまりにも幸福な時間
  10. 10.あなたの燃え尽きた灰のなかから、僕が生まれてきた。
  11. 11.この自分はあの道を辿らなければ存在しなかった、ありがとう

◇ほんとうに没落するとはそういうことだった。

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「こんにちは。あなたが亡くなってからもう一年も経つんですね、あっという間だったなあ。いまは穏やかに眠れているのだろうか。あなたは没落することを望み、実際にそうした。あの時の感覚は、一生忘れることができない。こうして生まれ変わったいまも、あなたのことをよく思い出す。なにしろかつては自分自身だったわけだし。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「あなたにとって、没落することとは石を投げられることだった。自分が積み上げた城を爆破することだった。誰かの望んだ自分になることを拒むことだった。流されていれば楽だったのに、それはあなたにとって耐え難いことだった。没落には大きな痛みが伴った、大衆に罵られるだけじゃなく、身近な人々からも冷ややかな目で見られ、切られた。悲しかったよね。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「でもそれこそがあなたの望みだった。事前に説明していたら分かってくれた人たちもいたかもしれない、それでも彼らに嘲笑われることを選んだ。それが必要だった、ほんとうに没落するとはそういうことだった。せっかくだし、少し昔の話をしましょうか。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇どうしてぼくのりりっくのぼうよみは終わらなければならなかった?

たなか:「ぼくのりりっくのぼうよみを終わらせることを決めたのは2018年の春だった。三枚目のアルバム(Fruits Decaying)のツアーの後のことだった。あなたはそのツアーのリハーサル中に声が出なくなった。すこしずつ身体に流しこまれていた遅効性の毒が、ついに牙を剥いた。毒とはなんだったのか? 柱がないことだった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「ぼくのりりっくのぼうよみは曖昧に始まった。音楽を仕事にすることを、ぼくのりりっくのぼうよみを仕事にすることを決断したのは、メジャーで活動できるというレアな切符を手渡されたからでしかなかった。ほんとうはすぐに辞めるつもりだった、ぼくりりではない自分と並行してやっていたから、いざとなれば辞めることは簡単なはずだった。ただの高校生に、大学生に戻ることができるはずだった。いつしかその退路は失われて、自分自身がぼくのりりっくのぼうよみに支配されるようになってしまった。ぼくのりりっくのぼうよみでない自分が、どこにもいなくなってしまった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「それなのに、自分には確固たる意志が存在しなかった。ぼくのりりっくのぼうよみの中に、核となるものが存在しなかった。歌わなければならないという使命感でも、大きな舞台に立ちたいという欲望でも、なんでもよかったのに。なんにも持たないまま、空っぽの空間に美しい城を建てていた。その城には誰も棲んでいなかった。最中はとても苦しかったよねえ、外から見たら幸福なはずなのに、自分はまったく満たされていない。城が大きくなればなるほど、苦しみは増していった。なにをしても虚しかったねえ、ほんとうの人生を生きているような感覚はどこにもなかったよねえ。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「そうして声すら出なくなってしまった。人前で歌うことが辛くて仕方なかった、そう思ってしまうことが、そもそも観客に対して申し訳なかった。いま思えばあなたは純粋だった。自分のアートに対しても、それを受け取る観客に対しても。周りの人間とは、そういう苦悩がうまく共有できなかった。些細な誤解の積み重ねが、亀裂を徐々に大きくしていった。ここできちんと話せていれば、というタイミングはいくつかあった。今更そんなことを言っても仕方ないんだけれど。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「本質的に孤独だった。誰からも批判されたくない、否定されたくないと思っていた。自分自身が城のからっぽさに気づいていたから、他人にそれを見抜かれているんじゃないかと疑い、不安だった。次第に、誰のことも傷つけたくないと強く思うようになった、強迫的なまでに、その感覚に囚われていった。なぜか? 傷つければ傷つけられるからだ。あなたは自分の魂が疲弊しているのを、肌で感じていた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇からっぽの城の中へ あなたは敗北した。

たなか:「なんとかツアーをやりきった。しかしこのままではまずかった。自分とぼくのりりっくのぼうよみの間で、ギリギリの綱渡りを繰り返しているような感覚。いや、すでにもう落下していたのかもしれない。なんにも分からなくなっていた。ついに城の扉を開くときがきた。あなたは恐る恐る足を踏み入れ、自分が建ててきた城のなかを見て回った。部屋はどれも美しかった。様々な様式でデザインされた一流の空間は、とてつもなく空虚だった。熱帯魚が優雅に泳ぐ部屋や、月に照らされて夜道を歩く少年の絵が飾られた部屋を見たとき、頭がクラクラした。あれは辛い時間だったよねえ、自分のやってきたことの無意味さに直に触れなければならなかった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「震えながら奥へ奥へと進むうち、しかしあなたは人の気配を感じるようになった。扉を開け、廊下を渡り、地下へと降りていくにつれ、気配は強くなっていく。生きた人間の匂い。暗く長い階段を、一段ずつ降りる。ここだ。この扉の奥に、たしかに人間がいる。ある予感があった、人がいるならここだろうと思っていた。しかし目を逸らしていた。あなたは覚悟を決める。重たい扉を開いていく。そこには最初に作ったアルバムがあった。なんでもない高校生だった自分が書いた歌詞が、歌う声こそが、わずかに生き残った自分自身だった。そこには歓びがあった。誰にも伝わらない孤独を抱えていた自分が、はじめて自由に感情を、感覚を、思想を描き泳げる自由な海を見つけたのだから。皮肉なことにそれは“hollow world”という題だった、虚ろな世界? それは自分が作った城じゃないか、あなたはそう思った。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「あなたは認める必要があった、最初に作った一枚にはたしかに魂が宿っていたし、それ以降の、特に三枚目のアルバムにはそれがなかったことを。屈辱だった。自分が空虚であるということを認める以上に、最初に作ったものを超えられていないという事実を認めることが屈辱だった。血を吐くほど情けなかった。過去の自分に敗北するほど悔しいことはなかった。そういう意味であなたは、僕は負けず嫌いだった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「敗北を認めて城を出たあなたは、自分のなかを探っていった。強い欲望の種を拾おうとしていた。売れたいのか? 多くの人間に聞いてほしいのか? それとも誰か一人に認めてほしいのか? 富が欲しいのか? やがてあなたはそれを見つける。それは破壊だった。自分が築き上げた城を、破壊することだった。虚無の象徴を爆破したいと強く思った。そして、誰かに否定されることを極端に恐れる自分を、あまりに情けない自分を葬り去ってしまいたいと思った。自分が歩いてきた軌跡を、今の自分を、誇れるようになりたかった。気高く在りたかった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「体内の破壊衝動を丁寧に紐解いて、自分自身を見つめなおして作った曲が『僕はもういない』だった。誰にも嫌われないために仮面をかぶることに、そうして好かれることになんの意味があるだろうか。過去との決別でもあるし、これからの未来を、自分の選択を肯定するための曲でもあった。決定していたのは最後のアルバムを作ることだけで、この段階ではまだ、爆発的に炎上することも、葬式を開くことも決まっていなかった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「没落というコンセプトが決定したのは夏あたりだった。ニーチェの『ツァラトゥストラ』を読み返していた時のことだった。ツァラトゥストラは有り余る知恵を持てあまし、山を降りて人々にそれを分け与えようとする。しかし嘲笑され、彼は街から去ることになる。彼は没落することで、人間をこえて超人になれると語っていた。あなたは、数多の嘲笑を受けながら自分自身を克服していくその姿に憧れた。自分の城を爆破したいという願望が、没落と結びつくのは当然だった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇あなたは呪いを見つめた。いくつかの呪いを見つけた。

たなか:「没落とはなんなのか。それを通じて自分は何をしたいのか、あなたはまず掘り下げる必要があった。自分が抱える呪いを知る必要があった。その作業にはかなり時間がかかったが、あなたはいくつかの大きな呪いを見つけることになった。そのうちのひとつが、常に他人の目を気にしてしまうことだった。『sub/objective』を作った頃から変わらない。自分ではない誰か、空中から場を俯瞰して眺める三人称の自分が常に見ているのだ。上手く使いこなせるなら便利な存在だが、その自分はぼくのりりっくのぼうよみと強く結びつき、肥大化して自分自身を圧迫していった。ぼくのりりっくのぼうよみとしてはこう映るから、その行動は辞めたほうがいい、その発言はしないほうがいい。そういう感覚が自分を縛り、あなたは身動きがとれなくなっていった。さらにたちの悪いことに、ぼくりりとして為したい目的などどこにもないのだ。そうなると、その第三者の自分の判断基準も曖昧になる。なんとなく良さそう、なんとなく駄目そう。そのくらいだ。この、第三の自分が自分を縛り、衰弱させていた大きな要因のひとつだった。なんとしても取り除かねばならなかった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「ふたつめは、価値判断の軸を他人に委ねてしまっていたことだ。これは先の、第三の自分に起因する。自分でなすべき決断を、誰かに委ねてしまいたいと思う。何が良くて、何が悪いのか、それを自分で決定することに怯えきってしまっていた。それを曖昧な世間であったり、第三の自分に丸投げして、考えることを放棄していた。そうやって怯えながら造った城に愛着を持てないのは、住むことができないのは当然の話だった。自分の人生は自分のものであるという、あまりに当たり前の事実を、あなたは忘れてしまっていた。とても悲しかった。とてもとても悲しかった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「最後に、自分の言葉や葛藤が誰にも届いていないんじゃないかという疑念。曲だけでなく普段の自分が発信している言葉すらも、ファンには届いていない、理解していないんじゃないかという感覚。真っ暗な闇にむかって球を投げ続けているような徒労感があなたを取り巻いていた。苦しかった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「あなたはそういう呪いや現状を見つめて、曲をひとつひとつ紡ぎながら、ぼくのりりっくのぼうよみが辿るルートを少しずつ描いていった。『ぼくのりりっくのぼうよみ』を破壊するとはどういうことなのか? それは自身が築いてきたブランドを破壊することだ、名声を失うことだ。富をも失うことだろう。自分のことを支持してくれていた人間から失望されることだ。それが没落だ。1月末の最後のライブでぼくりりが終わるのだから、それはつまり死だ。じゃあそのライブのタイトルは葬式だろう。こうやって、あなたは、『ぼくのりりっくのぼうよみは没落し、すべての名声を失って、最後に葬式をもって死を迎える』というストーリーを完成させた。自分で城を壊してしまえば、自分で歩きだすしかない。あなたにとって没落とは、自分自身を戻れない場所へと追い込み、強制的に自分を取り戻させるための旅だった。炎のなかでしか見られない景色が必ずあるはずだと、あなたは思っていた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇こうしてぼくのりりっくのぼうよみの没落がはじまった。

たなか:「没落の具体的な流れはこうだ。まず、『僕はもう……』というタイトルでツアーを回る。これは、不穏さの演出、ファンに終わりを予見させるためでもあり、同時に、自分の音楽をこれまで聞いてくれてありがとう、という思いを伝えるためのものでもあった。次に、特集が組まれる予定だったNEWSZEROで、ぼくのりりっくのぼうよみの終了発表を行うことにした。実質、ここが没落の開始地点だ。ここで語る言葉はとてつもなく重要だった。なんだかんだ言っても地上波はやはり強い。だからこそ慎重かつ大胆にデザインしていった。もっとも強力な言葉はなにか友人と模索した。彼が提案したある言葉を、あなたは採用した。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「その結果画面に登場したのは、奇天烈な服を着て、神妙な面持ちで『天才を辞めます』と語る若いアーティストだった。そんなのは世間の格好の餌でしかなかった。そしてそれが狙いだった。案の定、その発言は爆発的に炎上した。「才能なんてなければよかった」など、世間の反感・嘲笑を買う言葉を可能な限り詰め込んだ。事前に収録したものを放送する形だったから、撮影から放送までは少し間があった。そのときの心境たるや。嫌で嫌で仕方がなかった、自分が思ってもいない言葉が数百万人に一斉に届き、誹謗中傷されることが確定しているのだ。死刑を待つ囚人のような気持ちだった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「だけどその誹謗中傷を、あなたは必要としていた。あなたが望んだ没落とは、まさにそういうことだったのだから。ぼくのりりっくのぼうよみがここに至った背景も、自分がどんな思いで没落を選んだのかも知らない大衆が、心無い言葉を無数に浴びせかける。「こいつ馬鹿じゃねえの?」「自分で天才とかw」「ただただ痛い」。当然だ、彼らからしてみれば思い上がった若者がトチ狂ったようにしか見えない。そうデザインしたのだから。ツイッターのトレンドにもなったし、ヤフートップにも載った。賛否両論の嵐だったが、そこから数日間、ぼくのりりっくのぼうよみという名前が圧倒的に世に出回った。あなたはその時どう感じていたかというと、地面を失っていた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「確固たるもの、絶対に変わらないものと信じていた、昨日から今日へ連続するはずの景色が、唐突に一八〇度変わったのだ。すれ違う人間の全員が自分を馬鹿にしているんじゃないかと不安だった。二日間は眠ることも、何かを食べることもできなかった。自分自身であるぼくのりりっくのぼうよみが、リアルタイムに破壊されていくのだ。しかしそこには圧倒的な解放感があった。自分を縛っていた“ぼくのりりっくのぼうよみ”という偶像からたしかに解き放たれていくのだ。あなたは怯えながらも歓んでいた。没落は次の段階へと移行する。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「NEWSZERO放送の5日後、ぼくのりりっくのぼうよみはさらに酷い状況に追い込まれることになる。なぜか? あんなツイートをするからだ。『説教ババア軍団うざすぎワロタ』『チヤホヤされたかったらホストクラブ行けカス』などの暴言を続けざまに投下したら、それは燃えるに決まっている。とてつもなく燃えた、ありえないほど燃えた。今見てもあれは痛快だね、自分の建てた城どころか、それを見にきた観客すらも破壊しようとするのだから。行くところまで行って、もう恐怖はなくなっていた。没落が進んでいく様子が爽快だった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「でも実際、ぼくりりを取り巻く人々の質は良いものではなかった。“年下のかわいらしい男の子”としてあなたを消費する人間は、没落というアートを邪魔する存在でしかなかった。でも彼女たちがそういう風に消費してしまうのも仕方がないことだった。あなたは神になることを拒み、あくまで対等な存在であろうとしてしまったから。そんなの無理だ。あなたはファンを現実に生きる人間だと思えても、向こうからしたらアニメのキャラクターに過ぎない、そういう風にしか捉えられない。それは受け入れなければならなかった。そしてあなたはそれを受け入れた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇「説教ババア」のツイートで、“イルミの針”が抜けた。

たなか:「そのツイートをするとき、あなたの手は震えていた。どう考えても、これまでより状況は悪くなる。ファンのことを否定してはいけない、批判してはいけない。ただ自分が傷つけられるだけだ、怖い、怖い、怖い。だからやる。右上のボタンを押して、爆弾を投稿した。その瞬間、何か棘のようなものが抜けて、脳の中を、体中を電流が走った。さながらイルミがキルアを縛るために脳に刺した針のようだった。ただ、それは自分で刺したものだった。はじめて立ち上がった幼児のように、世界がまったく違って見えた。言ってもいいのだ。ただ爆発的に炎上するだけで、天から罰されることも、物理的にダメージを受けることもない。この手に握った小さな画面のなかで、鬼のように誹謗中傷されるだけで、iPhoneを放り出してしまえばもう目には入らない。顔も見たことのない他人から否定されるなんて、本当に些細なことでしかなかった。あなたは憑き物が落ちたようにすっきりとした顔をしていた。」

たなか:「大炎上の自由律俳句で厄介なファンを一掃したあなたは、更に加速する。炎上に気を病んだぼくりりは、Twitterの運営を『友人の竹田くん』に任せてしまったのだ。ぼくりりのiPhoneは、お母さんに取り上げられてしまった。気のいい竹田はなんとか炎上を収拾させようとするが、インターネットに不慣れな彼は、事態を更に悪化させてしまう。この騒動でぼくりりは、あるいは竹田は観客の心を完全にロックする。“文学的な歌詞を紡ぐ天才的アーティスト”としてのぼくのりりっくのぼうよみは破壊され、無数のアンチを生みながらも、新たな存在として世間に受け入れられつつあった。没落はエンターテイメントだった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「このタイミングで、あなたは新たな曲を公開する。その題は『人間辞職』。社会に適合して自分を殺して生き延びることが、人間として生きることだと言うなら、わたしは人間を辞職する。自分の生命は自分のものだと、あなたは叫んだ。あの時、誰よりも人間辞職を歌うに相応しい人間はあなただった。今までにない速度でこの曲は広がっていく、社会に届いていく。生きているという実感があなたの全身を満たしていた。誰の目も気にせずに自分を破壊して、そこから生まれた言葉を歌うことが、ここまで幸福だったなんて知らなかった。あなたは生を実感していた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「まだアルバムは完成していない。インターネットで暴れまわるのと並行して、制作は進んでいく。巨大な炎に身を焼かれながら、あなたの思考は深まっていく、戦場に晒されながら、あなたの哲学はたくましく育っていく。『遺書』という曲がある。あなたが血を流しながら書いた曲だ。“言葉なんて気休めでしかないと 気づいてしまったから 理解しあうなんて 絵空事にはもう耐えられない”。これはぼくのりりっくのぼうよみとしての赤裸々な告白だった。自分が三年かけて紡いできた言葉たちはなにも伝わっていなかった。その事実を認めた。それでも。“永すぎる生のなかで 交差したことを祝いましょう”。あなたは身を焦がしながら、すべてに感謝した。悲惨な現実を、人と人が交わって生きるとはどういうことかを、その目に焼き付けながら、あなたは祝福した。没落を通じて、あなたの価値観はたしかに変化していた。それは大きな財産だった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇祈りを持たない者ども

たなか:「でも身近なひとには申し訳なかったよね、家族にはほんとうに申し訳ないことをした。父も母も没落していく息子を見て心配だったろうし、時には誰かに嘲笑されたかもしれない。あなたはそれだけが気がかりだった。ある日、祖母と電話をした。ちょうどあなたが曲を書いているときだった。彼女の発した言葉が印象だったわけではない。あなたを心配してかけてきた何気ない電話だった。だが、その声にとてつもない愛をあなたは感じとった。ほんとうに、ほんとうにとてつもない、愛。本当は不安だった。自分が解き放たれようとしている呪いは、ある意味で自分をむき出しの世界から守る鎧でもあったから。昨日から今日へ、今日から明日へと自分が続いていくだろう、という確信を手放すことは、裸の自分を世界に晒すことで、それは端的に言って恐怖だった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「その恐怖を粉々に打ち砕いたのが、祖母の声だった。祖母の愛だった。自分が世に生を受けた瞬間から、これほどの愛を受けていたことを知らなかった。自分という器の一番深い部分に、こんなに深い色の愛を注いでもらっていたことを知らなかった。自分がどんな姿になろうと、どれだけのものを失おうと、それでもこの愛は変わらないと確信できた。呪い/鎧を手放して、まっさらな自分になることを受け入れられた。そうして出来たのが、『祈りを持たない者ども』という曲だった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇“没落”と“人間”

たなか:「ついに最後のアルバムが完成した。タイトルは“没落”。同時に発売するベストアルバムのタイトルは“人間”。架け橋としての人間を、没落することで乗り越えていく、その先の景色を見たいという願いが込められていた。あなたは「没落」を、自分の子どものようにすら思っていた。勢いを増していく没落行為は、もはや、この子どもをより輝く場所に置くために行われていた。ぼくのりりっくのぼうよみが壊れれば壊れるほど、歌われた言葉の強度は増すだろう。そして葬式でぼくのりりっくのぼうよみの没落は完成する。圧倒的な愛が、ある種の母性があなたの内には存在した。『曙光』『没落』『超克』の三曲を順番に並べたとき、あなたは興奮を通り越して、静寂のなかにいた。これらはどれも没落を始めたあとに書いた曲だった、没落しなければこれらは生み出されなかった。その時点でもうぼくのりりっくのぼうよみが死ぬだけの価値はあると、あなたは心底思えた。多くの人々に届いてほしいと願いながら、同時にそんなことはどうでもいいと、これが世に産み落とされただけで十分だとも、心のどこかで思っていた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「『没落』と『人間』が世に放たれた。データが完成してからCDが発売されるまでは1ヶ月ほどあった。相変わらずCDは売れなかったが、サブスクリプションサービスではかなりの高順位を獲得した。最後までこの構図は変わらなかった。なんでだったんだろうね?」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「しかし没落はまだ終わらない。あなたは突然YouTuberになることを発表した。人気YouTuberグループ『へきトラハウス』に加入したのだ。この出来事は案の定ニュースになり、何度目かのヤフートップを飾った。そしてあなたは一日でYouTuberを辞職した。理由は方向性の違い。撮影にかかった時間は本当に短かった。大事なのは時間ではないのだとあなたは悟った。このときあなたは世間を翻弄する術を完全に身につけた。大衆の関心を集めるとはどういうことか理解した。下品のなかにこそ神が宿るのだと、あなたは思った。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「ぼくのりりっくのぼうよみにとって、没落とは撤退戦だった。自分が積み重ねてきてしまった失敗をなんとか形にするための手段だった。そこには誇りがあった。それを全うすることで以前とまったく違う自分になっていくのを肌で感じていた。バラエティ番組にもいくつか出演した。以前なら断っていた仕事だった。最後に生放送で歌った人間辞職は本当に楽しそうだったねえ。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇葬式という、あまりにも幸福な時間

たなか:「最後の日が近づいてきていた。葬式のリハーサルなんて前代未聞だった。セットリストを組む。基本的には没落の楽曲をほぼCD通りの順番に演奏していく、そして途中に1stの曲が何曲か挿入され、また没落に戻る、そして2ndの曲が、また没落が、そして3rdが、また没落が……。いいセトリだね、今でも葬式の映像はたまに見返している。僕は嫉妬しているかもしれない、あなたに。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「最後の一週間はもう、楽しみで仕方がなかった。自分が3年かけて作り上げた城を半年間でここまで破壊してきて、その最後の仕上げの日だ。葬式が終わった後の自分は、何を見ているのだろうか。自分の人格を殺す、幕を下ろすのがどういうことなのか、明らかになる瞬間だった。さらに日が経って、最後の二日間がやってきた。葬式は二日間行われ、葬式・前夜祭と葬式と銘打たれていた。前夜祭の前日、あなたは落ち着いていた。この二日間ですべてが報われる、まったく違う自分が姿をあらわす。それがどんなものなのかはわからない。案外なにも変わらないのかもしれない。それでもいいとあなたは思っていた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「そうしてライブが始まった。会場は三茶にある人見記念講堂だった。葬式にあわせて装飾されたホールの雰囲気は異様だった。会場のスタッフも、参列するファンも、多くが喪服を着ていた。ライブはあなたが遺書を綴る映像から始まる。今までの感謝を、見苦しい没落の謝罪を、そしてここからの2時間を目に焼きつけて欲しいという願いを、あなたは綴っていく。映像が終わるやいなやあなたはステージに現れ、『遺書』からライブはスタートしていく。一言も話さない、ここまでの軌跡が、書いた歌詞が、その歌声がすべてを物語ってくれるとあなたは確信していた。だから、それでよかった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「『hollow world』の曲を歌う時、あなたの胸にはいろんな感情が去来していた。ほんとうに純粋に音楽を楽しんでいた頃。また同じ気持ちを取り戻せるなんて思っていなかった。自分がかつて綴った言葉に、自分が一番救われていた。没落が、そして葬式が、あの頃の自分へのアンサーなのだと、あなたは胸を張れた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「ライブは進行していく。歌いながらあなたは、2枚目のアルバムも、3枚目のアルバムも、ようやく愛おしいと思えた。至らない自分を愛せるようになった。まったくの無意味ではなかったのだと、そこに価値はあるのだと確かに思えた。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「ライブは終盤に差し掛かる。あなたが一番思い入れのある曲は、『曙光』。自分がこれまでの人生で紡いできた曲のなかでもっとも優れた一曲。この曲はあなたの原風景を描いた曲だ。中学生の頃、ひとりでよくみなとみらいを散歩していた、朝の4時に自転車を転がしたときに見たあの光景が、ずっと胸に残っていた。まだ太陽が昇る前の、暗く肌寒い街は温度を持たなかった。巨大なコンクリートの塊が、海にそっと撫でられている。海の表面は黒くて、一定のリズムで揺れ続けている。ここは湾の一部で、遠くに陸地が続いている。そうやって区切られた空間は、海というよりプールに見えた。言葉にならない孤独が、言葉にならないまま抱かれ、揺られていた。それは救いだった。誰とも分かち合う必要がないということが救いだった。その光景を描いた曲が、曙光だった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「曙光がはじまった。あなたがもっとも楽しみにしていた時間のひとつだ。荘厳なストリングスが加わり、演奏はさらに迫力を増している。最後のサビの直前で、あなたは20秒間沈黙した。舞台を暗転させ、静寂に場を支配させた。いや、あなたが支配していた。その20秒間は、人生で最も幸福な時間だった。あなたは揺れる水面を想起した、そこから日が昇る瞬間をたしかに見た。その後の爆発的な盛り上がりには、圧倒的なカタルシスがあった。美しい演奏だった。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「そして没落へ、最後の曲である超克へと式は進行していく。あなたが、没落の終わりを予見して、祈りを込めて書いた曲だった。こうありたい、と望む景色にあなたは辿り着いた。銀のテープが放たれ客席へ舞う様子は、一面の雪景色を思わせた。まっさらな雪に包まれて、身を焦がす炎のなかでぼくのりりっくのぼうよみは消えていった。すべてが終了した。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇あなたの燃え尽きた灰のなかから、僕が生まれてきた。

たなか:「そして2ヶ月が経った。あなたの燃え尽きた灰のなかから、僕が生まれてきた。たしかにそこにはまったく違う景色が広がっていた。世界は美しい、積んできたものを、この手に掴んだ宝をすべて放り出しても、世界は美しかった。森のなか、一面に雪が積もっている。そこには誰の足跡もない、まっさらな白だった。誰にも咎められずに、自分に咎められずに歩けるというのはこんなにも幸福なことだったか。あなたが用意してくれたんだよ、ほんとうにありがとう。自由に野を駆け回っているよ、いろんな趣味も増えたし新しい友人もできた。あとめちゃ筋肉ついた。映画の主演をやったりホストになってみたりした。どれもこれも貴重な体験だったなあ、ゼロになった自分を積み上げていくのは楽しいね、いつ崩してもいいわけだし。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「失敗したり、他人に批判されるのが怖いという気持ちはもうどこにもない。何をやってもいいんだと、僕自身が一番よく知っている。生まれたばかりの頃はそんなの当たり前だったはずなんだけど、その感覚を取り返すのにこんなに苦労するとは思わなかったねえ。いろんなことを始めては辞めて、そのうち何かが見つかるはずだから気楽に考えてるよ。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「そういえば、最近また少しずつ音楽を始めているんだよね。いまはまだカバーをしているだけなんだけど、人前で歌うのがすごく楽しいよ。純粋に音楽そのものが楽しい。そういう気持ちを取り戻せたのは、それこそ高校生ぶりだよねえ。あの時はライブの歓びは分かっていなかったから、そういう意味では人生で初めてかもしれない。嬉しいな。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

◇この自分はあの道を辿らなければ存在しなかった、ありがとう

たなか:「今となってはもう、ぼくのりりっくのぼうよみが自分だったことが信じられない。完全に自分と切り離されて、冷静に見られるようになった。もはや、あなたの抱えていた苦悩や決意は、その手触りまでがすべて自分のものだとは思えなくなってきている。遠い誰かがやったことのようにすら思える。そしてあなたは、それを望んでいると思う。今ようやく、あなたが為したことを明らかに見て、受け入れられる。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「僕はとても幸せだ。誰でもない自分になって、誰かの期待に応えることをやめて、それでもなお、多くの人が自分を支えてくれることに、ただ感謝している。だからこそ、この幸福を誰かに伝えないといけないと強く思う。積み上げたものを全部捨てて、数え切れないほどの人々に嘲笑を受けて、それでもなおこんなにも幸福でいられる。誰もがそうなれるとまでは思っていない。それを実現する力は僕にはない。ただ、そういう事実を世に提示するサンプルとして、僕が在ることに価値があるんじゃないかと思って日々過ごしている、少し不安だけど。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「ぼくのりりっくのぼうよみを終わらせたことへの後悔はかけらもない。僕は今の自分がかなり好きだし、この自分はあの道を辿らなければ存在しなかった。もっと上手くやっていれば、今頃ぜんぜん別の未来が待っていたかもしれない。もっと有名だったり、もっと人気だったり、もっとお金持ちだったりしたかもしれない。それでも僕は、あなたが没落してくれてよかったと心の底から思える。その方が面白い。愛しています。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

たなか:「今日は沢山話せて嬉しかった。それじゃあ、また。」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

ぼくのりりっくのぼうよみ:「……」

Text_たなか